朝のこころ(2020年2月3日)
2020.02.05News
ダシオン校長による「朝のこころ」です。
2020年2月3日 朝のこころ
「心のドア」
日本カトリック教会のミサ礼拝にいつも使用されている「典礼聖歌」の411番の一節には、次の歌詞が書いてあります。
「わたしはもん(門)の外に立ち、
とびらをたたいている
もしこえを聞いてもんをあけるなら
わたしは なかにはいり
あなたとともにすむ。」
この歌詞は、新約聖書最後の書物「ヨハネの黙示録」第3章20節にあるイエス・キリストの言葉:「わたしは戸口に立って、たたいている。もし、だれかがわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしはその人(彼)のもとに入ってともに食事をし、その人もまたわたしとともに食事をする」がもととなっています。
この話では、人間を一軒の家にたとえられています。そして、そのドアは心への入り口となっています。
この聖書の言葉には、二つの大事なことがあります。ドアをノックする人の声とその家の中の人の返事です。
神の子といわれているキリストであれば、いつでも、どこからでも、人間の心に入られるのではないかと思われがちのですが、そんなことはありません。
キリストでさえ、丁寧に人間の心のドアをノックして、そして、人間の返事が来るまで待つのです。
わたしたちの人間関係の一番難しいところは、お互いの心のドアを開けることです。
友情を結びたい、友だちになりたい、仲間を作りたいことは大事ですが、どこかで慌てて、誰かの心のドアを無理やりにこじ開けて、壊してしまうこともあります。こうなったら、一生友達にはなれないと思います。
アメリカの初代大統領ジョーン・ワシントンのことば:「友情は成長の遅い植物である」。
キリストが教えてくださったことは、人の心のドアに、丁寧にノックしましょう。そして、その人の返事を余裕と祈りをもって待ちましょう。
ヨセフ・ブルーノ・ダシオン