学校法人 南山学園 南山高等学校・中学校女子部Nanzan Girls’ Junior & Senior High School

校長からのメッセージ

南山の風

当たり前のことですが、
春には春の風が吹き、秋には秋の風が吹きますね。
そして、やはり当たり前のように、
南山にも南山の風が流れています。
それを校風と言いますね。
ほんとうはその風の中に立っていただくのがいちばんなのですが、
いまはとりあえず南山に流れる風に乗せて、
言葉を舞わせてみることにしましょう。

わたしたちに愛というものを
最初に教えてくださる方を
父と言い、母と言います。
自分の身を裂き、身を削り、身を粉にする、
それを愛と言うのです。
心を砕き、心を配り、心を痛める、
それを愛と言うのです。
身を痛め、心を痛め、そして、その痛みに耐える、
それを愛と言うのです。
身を裂けば血が流れます。
心を砕けば涙が流れます。
それは命懸けなのです。
感謝されるために、恩に着せるために
命を懸けるのではありません。
それは愛が人間にとって
いちばん大切なものだからです。
ぜひとも、なんとしても
伝えなくてはならないものだからなのです。

愛するために勉強するのです。愛をはぐくむために学習するのです。
たとえば、買い物をするのに必要なのは足し算と引き算ぐらいのものです。
それなのになぜ方程式や幾何の証明や因数分解を学ぶのでしょう。
受験のため、いい大学に入るためでしょうか。その通りです。
しかし、それだけでしょうか。もしそれだけのためだったら、
合格すれば終わり、大学に入ればおしまいでしょう。そうではありません。
それは物事の流れを正しく読み取り、正しく推理する能力を育てるためです。
相手の立場を正しく読み取り、推し量り、思いやれるためなのです。
この能力は生涯にわたって必要な財産となります。
同じように、どの教科も愛と思いやりを育てるために奉仕するものなのです。

祈ることのできる人は美しい人です。
祈りは呪文なのではなくて、心からの願いのことです。
「世界が平和でありますように」と心から願うことのできる人は
また平和のために生きる人ともなります。
「愛を知る者となることができますように」と祈ることのできる人は
また愛する人となることができます。
ひたむきな祈りをもって生きる人のなんと美しいことでしょう。
ひたむきな祈りと願いのうちに愛をはぐくみ育ててゆく、
そんな風が南山の中に流れているのです。
その風に染まった少女たちが、また世に愛の風を流しゆきますように。
そう祈りつつ。

南山高等学校・中学校 校長
赤尾 道夫